目次
あらすじ
良秀というそのころ右に出る者のない絵師がいた。
彼のひとり娘は猿をきっかけに、大殿様にかわいがられていた。
あるとき大殿様は良秀に「地獄変の屏風」を描けと命じる。
良秀は「見たものでなければ描けません」と申し上げる。
大殿様は良秀の娘を車に乗せ火をつける。
苦しみながら死ぬ娘の姿を見たあとで、良秀は屏風を完成させる。
そして自分の部屋で首を吊って死んだ。
【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)
私は『地獄変』を良秀を中心に読みました。 彼が主人公だと思ったからです。
『地獄変』の中で良秀は「右に出るものは一人もあるまいと申された位、高名な絵師」です。梅の花を描けば匂いが香るとうわさが立ち、似顔絵を描けばモデルになった人は弱って死んでしまう……良秀は他の絵師たちとはなにか違う男だったと書かれています。
その一方で良秀はひとりの親でもありました。妻に先立たれ、残された娘をとても可愛がります。 着物や髪飾りを買ってやるのにお金に糸目をつけなかったとありますので、ほんとうに大事にしていたのでしょう。
しかし不幸にも『地獄変』はそんな良秀に選択を迫ります。 『地獄変』は良秀の「絵師としてのプライド」と「親としての愛情」、どちらを選ぶのかを試すような小説です。私は読んでいて胸が締めつけられるような思いでした。
良秀は「智羅永寿」とあだ名されるくらいですから、きっとかなり自分の仕事にプライドを持っていたと思います。 「智羅永寿」とは天狗の名前です。「鼻が高い」ことのたとえです。
そういうプライドというか、情熱があったからこそ「資料不足で地獄変が描けない」と思ったときに大殿様に「女を焼いてください」と頼んだのでしょう。 絵師としての自信から「こうすれば描ける」とは言えても「こうしたくないから描かない」とは言えなかったのだと思います。
大殿様にそのことを頼んだ時点で良秀は、自分の娘がその役割になるのはたぶん察していたと思います。 彼がそのときどんなに悲痛な気持ちだったか、想像するだけで苦しくなります。 良秀が「べたりと畳へ両手を」つき弱々しい様子だったのを、語り手も気の毒だと書いています。
良秀はプライドのせいで娘を失いました。彼女を誰よりも愛していたにもかかわらず。 地獄変の屏風を描ききった後、彼は首を吊ります。それはきっと娘へのつぐないの意味合いがあったと私は思います。
絵師として地獄変を描かねばならない。しかし娘も大切。 はじめに良秀が選んだ選択は、絵師としてのプライドを優先させることでした。
たぶん描いている間は無我夢中だったと思います。 そして「地獄変」を描き上げたあと自然に「死のう」という気持ちがわいてきたのだと思います。
また、『地獄変』を読む前は「娘が焼かれる場面を見て、絵師がその様子を描く話」だと聞いていました。 だからはじめは、最初の大殿様のエピソードをなんとなく読み飛ばしていました。
でも読み終えた今となっては、いちばん異常な精神をしているのは、大殿様だと私は思いました。それが最初に語られていました。それを頭の隅に置いて『地獄変』を読むべきです。
良秀は「見たものでなければ描けませぬ。よし描けても得心が参りませね。それせは描けぬも同じ事でございませぬか」と言います。
彼はみずからの弱点をよく知っています。 そして大殿様は良秀の「弱み」を利用して今までの仕返しをしようと考えます。きっと良秀が普段からなまいきな態度なのを面白くないと思っていたのでしょう。
良秀の娘を焼き殺すことを考えついたとき大殿様は「車を焼き人を殺してまでも屏風の画を描こうとする絵師根性の曲なのを懲らす御心算だった」ようです。 良秀を「懲らしめよう」としたのです。
それで娘を焼き殺すなんて、あんまりだと私は思いました。考えられる限り最低のことだと思います。 「描けませぬ」と言った良秀に「さうして――どうぢゃ」とからかう大殿様に、私はとてもむかむかしました。良秀のそのあとの返事と未来を考えて笑った大殿様は、ほんとうにいやなやつです。
(85行,原稿用紙4枚と5行)
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おわりに
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